9/8〜9/12のコラムは…
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《50歳、遅咲きの決意》
実は無計画の見切り発車から⁉︎
〜私が選んだ働き方〜
都築 勲@便利屋
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今週のゲストコラムは…
50歳で個人事業主となった
都築さんが初登場✨
まずは都築さんから自己紹介が届いております💡
今年で50歳になる、遅咲き個人事業主の都築勲と申します。
咲けているか分かりませんが遅咲きと自己紹介させていただきました。
2年前に、長年勤めた電子部品の増産工場を退職し、現在は便利屋として、色々なご要望にお応えしながら経験を積み重ねています。
そんな自分の屋台骨となっているのは、生産設備の保全技能士として培ったメンテナンス技術や幅広い工業系の知識です。現在は、内装技術も習得しサービスの幅を広げています。
今回、退職から便利屋起業までのお話しをさせていただきます。少しでも、皆様のご参考になれば幸いです。よろしくお願いします。
退職をきっかけに、「人の役に立つ実感がある仕事とは?」と自問し続けた日々。
模索、失敗、再出発…そのすべてを糧にして、今の都築さんがいらっしゃいます✨
今回のコラムでは、便利屋としての原点や、事業に欠かせない「人とのつながり」の大切さ、そして今後の展望まで、学びと気づきが盛りだくさんのコラムをお届けします📖✨
自分の強みや経験を活かしたい個人事業主の皆さんに、
「これからの働き方」に迷っている方にヒントと勇気をくれる内容です💪
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#1 長年勤めた会社を退職して無職に
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こんにちは、個人で便利屋を営んでいる都築と申します。
40代も後半にきて無計画に会社を辞めて個人事業主となりました。今回、コラム執筆の打診を受け、自分の転身の振り返りもかねてお受けすることとしました。文才を持ち合わせておりませんので読みぐるしいところもあろうかと思いますが、ご容赦ください。
まさか自分が会社を辞めるとは・・・
前職は、製造業の増産工場で生産技術者として生産設備の保全業務や増産計画の設備投資などを企画・実行する業務に携わっていました。20年近くも務めた会社で愛着もあり日々成長を感じながら過ごしておりましたが、年を重ねていくうちに、会社から求められる役割と自分のやりたいことにギャップを感じるようになり、大好きだった現場作業から遠のき、人の管理やテーマの管理などを主体にデスクワーク中心の業務体系へシフトしてしまい、満たされない日々を過ごしていました。
このまま、会社の求める役割を全うするのか、それとも何か自分で稼いでいく道を探すのか、人生最大の転換を迎えようとしているのに、あまり自分事として受け止めていなかったのかと思います。
ここでは、詳しくは書きませんがその当時は色々と悩んでおり、不眠気味で正常な判断ができなかったのかと思います。
その後、やはりこのまま続けることはできないと家族とも話し合い退職することを決心しました。
退職の旨を所属の課長に伝え、後任人事が決まるまで待ってくれと言われ、結局退職の意思を伝えてから退職までに3ケ月を要しましたが、無事?無職となりました。
会社に行けば当たり前に給料をもらえる生活をしていたので、自分でお金を稼ぐことの難しさを感じつつ、事業の方向性を決めあぐねた半年間を過ごすことになりますが、それは、第2部でお話しします。
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#2 事業の方向性を決めかねた半年間
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こんにちは、個人で便利屋を営んでいる都築と申します。
第1部では、個人的な事ですが、前職や退職に至るまでの葛藤を話させて頂きました。何も決めずに会社を辞める人はあまりいないと思いますが、自分は勢いで辞めてしまいました。何か家業があるという訳でもなくどうやってお金を稼いでいくか、事業の方向性を決めかねた半年間でした。
退職後に、職安に行き自己都合退職での失業給付の手続きを済ませ、再就職か個人で事業するか検討していますという事で認定日に職安に行く生活を約半年以上続け、事業の方向性をトライアンドエラーで模索していました。
そういう時は非常に騙されやすいのか、SNSで流れたアフィリエイトの広告に食いついてしまいました。
朝起きたら、**件売れていて**万円の売り上げが上がりましたとの広告に皮算用して、月に**万は稼げるなと勝手に思い込み、スクールに申し込んでしまい、結局アフィリエイト広告をフェイスブックで運用してみましたが、売れずに広告費ばかりかさみ、これは自分には向いていないと、かなりの損失を出して辞めました。自分に合わなかっただけで、アフィリエイトに取り組んでおられる方もおられますので否定するものではありません。
次に、古物商許可証を取得し中古物販を始めました。こちらは、細々と利益を上げることはできていましたが、家族を養うのに必要な稼ぎという見方をすると自分がテスト運用していた規模の10倍近くは在庫を持ち、日々商品を探して運用し続けなければならないことが見えてきて、規模を拡大するか、事業の方向性を見直すかというところで岐路に立つこととなりました。
自分の中でモヤモヤしていたのは、自分の今やっている商売の方向性は、人の役に立っているのか、だれかを幸せにできているのか?そうでなければ事業としては続かないのでは・・・
完全に方向性を見失いかけていた時に言われた妻からの一言で覚醒しました。この続きは第3部でお話しします。
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#3 これだ この道で進むぞ!!
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こんにちは、個人で便利屋を営んでいる都築と申します。
第2部では、事業の方向性を決めかねた半年間でのトライアンドエラーの話をさせて頂きました。完全に方向性を見失いかけていた時に言われた妻からの一言で、霧が晴れたような気がしましたので、その話を第3部でご紹介します。
完全に方向性を見失い、このままだと再就職先を本当に考えないと家族を養えないと思い悩んでいる時でした。
妻からの「今まで積み重ねてきた設備技術者としてのキャリアを捨てる必要はないんじゃないの」
その言葉にはっとしました。
何とか短期で結果を出さないといけないと思い、収益化が比較的短期間にできそうなことにばかり目を向け、自分が本当にやりたいことは何なのか、自分が積み重ねてきた人生・経験を考えることなく、お金を稼ぐことだけ考えていた自分に、その言葉は刺さりました。
その妻からの言葉で、覚醒しました。もともと機械をいじるのが大好きで、壊れたものを修理したり、DIYしたり、体を動かすことが大好きな自分に最も合った事業形態は便利屋なのではと、それは確信に変わりました。
便利屋で行こうと決めてからは、何か胸につかえていたモヤモヤとした感じがなくなり、自分の今の技術でできそうなサービスを書き出し、勝手にやって違反にならないか等調べて便利屋のサービス一覧を作りました。
慣れ親しんだ生産技術者としてのサービスはもちろん、内装業、草刈り、掃除など提供できそうなサービスはもれなく書き出しました。
それから、住んでいる地域の不動産屋さんすべてに電話をして、退去物件の復元や管理物件の草刈り、掃除など、お仕事を頂けませんか?と営業しました。何社かは興味を持って頂き、直接会って話を聞いて頂くことができました。
初めて仕事の依頼を頂いた時には天にも昇るような嬉しい気持ちになった事を今でも覚えています。
そんなこんなで、方向性も決まり走り出すことができました。第4部では、やっぱり人とのつながりは大事だなと思うことがありましたのでお話ししようと思います。
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#4 人とのつながり、人脈の大切さを実感
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こんにちは、個人で便利屋を営んでいる都築と申します。
第3部では、これだ、この道で進むぞ!!と方向性を見いだせた妻の言葉について話をさせて頂きました。
第4部では、便利屋を営んでいる時に感じた人とのつながり、人脈の大切さを実感したお話をしたいと思います。
出会いは、仕事を通じてではありませんでした。
たまたま、中古で電動自転車を販売している広告を見て問い合わせしたのがきっかけでした。
できれば現物を見て納得して購入してもらいたいとの事で、その方が営むモーターサイクル屋さんに行きました。
話を聞いていると個人でモーターサイクル屋さんを営むバイク好きのおっちゃんでした。
なんとも言えない雰囲気で人を引き付ける人でした。
自転車を買いに行ったのですが、こちらも身の上話をして、最近長年勤めた会社を退職し、個人で便利屋をしていますと話すと、自転車はそっちのけで、コーヒーでも飲もうと事務所の方で話しこむこととなりました。
名刺交換をし、また何かあったら連絡するねと言われて、当初の目的の自転車も購入して帰宅しました。
それ以降、たびたび、今日は**会社の社長さんが来とるから、名刺交換せんね。
便利屋だったら何か仕事もらえるかもと、自分のことを気にかけてくれて、何人もの社長さんと名刺交換させて頂き、人脈が広がり、仕事の獲得にもつながりました。
ここで改めて感じたのは、やはり人とのつながり、人脈は大切だなという事です。
もちろん言うまでもない事ですが、本当に自分は人を大切にできているか、それは、仕事に向き合う姿勢にも出てくると思います。
仕事の出来栄え、質にこだわり、人を大切にすることで便利屋としての信頼を蓄積していき、今後もお客様に信頼され、頼られる便利屋として営業出来たらよいなと思います。
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#5 自分なりの今後の展望
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こんにちは、個人で便利屋を営んでいる都築と申します。
第4部では、改めて人とのつながり、人脈の大切さを実感したエピソードを紹介させて頂きました。
自分も、いつか世話好きなおっちゃんと言われるような人になりたいなと思います。
ここまで、退職を決心し、事業の方向性を決め走り出すまでのお話をさせて頂きました。
最終の第5部では、自分なりの今後の展望についてお話したいと思います。
最近、最も印象にのこっている依頼です。
ある店舗の屋根裏に猫が住み着き子供を産んだようなので捕獲してほしいと連絡がありました。
現場に着くと状況は悪く、屋根裏から子猫2匹が壁の間に落ちていることが確認できました。
石膏ボードに壁紙を貼った作りで、壁を壊すことで救出することができそうで、壁を壊す許可を頂き救出しました。
便利屋として内装をしているので、復元できるように壊し復元まで行いました。
さらに子猫の鳴き声がするので確認すると2匹が屋根裏の断熱材の上に、もう一匹が同じように壁の間に落ちており、合計5匹救出しました。
保護猫団体に引き取ってもらうとの事でしたが、それなりにお金がかかるとの事で、こちらの作業費用は格安にし、良かったら「こんな便利屋さんがいましたよ」と宣伝してくださいとお願いして作業を完了しました。
無事、親猫も保護できましたと後日連絡を頂きました。本当に良かったと思いました。
今、便利屋として色々な経験を積んでいっています。
会社員時代には経験することができなかった満足感や、喜びを感じています。
個人事業主として2年目で、今後も生き残っていけるか分かりませんが、2~3年くらいは今のスタイルで走り続けようと考えています。
その先に、自分のことを信用して仕事を出してくれる多くの人々に巡り合うことができたら、次のステップを考えていこうと思います。