#71 諺(ことわざ)から見た私たち

こんにちはマキノです。

まずはボヤきます。

衆議院選挙も終わり、結局自公連立が一人勝ちしたわりに(一人勝ちって言い方おかしいかな?)

「自民党の人事っていつも民意が反映されないなあ」

という感想が私の心の中には残りました。

なんたって党の幹事長が小選挙区で落選したのに対し、総裁選で惨敗した河野、小泉、石破さんは余裕のブッチ切り当選。

「ちょっと酷いなぁ…」

と思ったのでボヤかせてください。

まず、、、

ドイツ人を動かすときには「そのことの必要性」を説けといいます。

アメリカ人を動かすときには「これでヒーローになれる」と言えばいいとか。

また、中国人を動かすときは「それが損か得か」をハッキリ伝えるのが大事。

日本人を動かすときは「みんながやっているから」「今までそうだったから」と言うだけでいいとのこと。

的を射ている風刺だと思いますが、あなたはどう思うでしょう?

【目次】

1.諺 (ことわざ) から見た私たち
2.壁に耳あり障子に目あり
3.旅の恥はかき捨て
4.あとは野となれ山となれ
5.みんなで痛みに耐えようぜ
6.アジアのガラパゴス島「日本」

★1.諺 (ことわざ) から見た私たち

日本人には特有の価値観があります。

この価値観、言い方が適切かはわかりませんが・・・

海外の方たちから見ると「驚きそのモノ」みたいです。

私たちの価値観は、アジアの孤島で育まれ(はぐくまれ)、約200年に及ぶ「鎖国」というバリアの中で作られてきました。

江戸幕府が「鎖国」をしている頃、ヨーロッパ諸国は「植民地」を開拓するため、南北アメリカ大陸やアジアに向けて「大航海時代」真っ最中。

まあ、歴史的なことはさておいて・・・

かなり長い時間、世界の流れに逆行していたのは言うまでもないでしょう。

そんな背景の中で育まれた「日本人の価値観」。

この価値観が「現代を生きる私たちの行動選択に、どのように反映されているのか?」について考えてみました。

このコラムでは、以下の諺(ことわざ)と、私たち日本人の判断基準の関係性についてお伝えしていきます。

もちろん日本人全員に当てはまるわけではありませんが、一意見としてお聞き流しください。

さて・・・

誰もが聞いたことがある有名な日本の諺に次の3つがあります。

◆壁に耳あり障子に目あり
◆旅の恥はかき捨て
◆あとは野となれ山となれ

これらの諺から日本人の「現代の社会」に対する見方や考え方が感じとれると思ったので、次回から一つひとつ説明していきますね。

お楽しみに(^_-)-☆

#72 壁に耳あり障子に目あり

こんにちはマキノです。

先月26日結婚された秋篠宮家の長女、小室眞子さん。

彼女は自身の結婚会見で、次のような発言をしました。

「結婚は、自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択でした」

と語り、最後には

「心を守りながら生きることに困難を感じ、傷ついている方が、たくさんいらっしゃると思います。周囲の人のあたたかい助けや支えによって、より多くの人が、心を大切に守りながら生きていける社会となることを、心から願っております」

と締めくくったわけですが・・・

小室夫妻は、他人の「目」の恐ろしさを、心が傷つくほど感じたのでしょう。

今回の騒ぎは、まさに、今のメディアが人々の興味を引くためだけに作り出したものだと私は思っています。

それに対し、多くの国民は「眞子さん毅然としている」「もうそっとしておいてあげろよ」と思ったのではないでしょうか。

ようは、今回の発言で「メディアの目」に眞子さんは勝ったのだと感じました。

見方を変えると、まさに「メディアの敗北」です。

私は個人的に「眞子さん、かっこよかったな」と思っています。

さて、今回の本題である「身近な他人の目」についてお伝えしていきますね。

【目次】

2.壁に耳あり障子に目あり
3.旅の恥はかき捨て
4.あとは野となれ山となれ
5.みんなで痛みに耐えようぜ
6.アジアのガラパゴス島「日本」

★2.壁に耳あり障子に目あり

この諺(ことわざ)は大変にポピュラーですよね。

この諺は

「自分の発言は常に聞き耳を立てられている」
「自分の行動は常に盗み見られている」

だから、いつも気をつけていましょうというものです。

逆からみると・・・

この諺は、日本人が何かの行動をするときいつも、他人、あるいは社会全般、もしくは身近なコミュニティの人たちから

「自分はどう見られているか」
「自分はどう思われているか」

をとっても気にしてしまうということを指しています。

ここでいう「身近なコミュニティ」とは広範囲のものではなくて

「近所」「職場」「所属サークル」「得意先」「親の集まり」

このように極々狭い世界を指します。

最近では「SNS上」や「ネットゲーム上」のつながりも無視できません。

ようは、直接会ったことがないネット上の何らかのコミュニティ内であったとしても同様に

「どう思われているか」

ということが気になり、そんな「他人の目」を基準に自分の行動を決めてしまう人が日本人には多いわけです。

傾向として、自分の発言や行動が「他人」の目や反応に左右されることが多々あるわけです。

そして、この身近な「他人」のおかげで

・心が傷ついたり
・深刻に悩んだり
・苦しんだり
・あきらめたり
・体調を壊したり
・自殺する

このような人が少なからず存在してしまうわけです。

反対に身近な「他人」が

・真に勇気をくれて
・本当の幸せをおしえてくれ
・一緒に進もうと言ってくれ
・大丈夫と背中をおしてくれる

そんな人たちだったら、人生は天と地ほど違ってくるでしょうね。

ようは、「他人の目」から、人生に天国と地獄の差がでることは言うまでもないのですが…

多くの人は、やはり「他人の目」を気にしてマイナスの人間関係から抜け
出られません。

これは多分、江戸時代の「五人組制度」という制度から生まれたかもしれません。

この五人組の制度とは・・・

農民生活をその内部から監視し、行動や発言をお上にチクり合うという、お上にとっては効率的で有効な情報収集制度だったわけです。

えげつない制度をやっていたんですね、この国の先人たちは。

これが今でも色濃く残っているとしたら…

エグっ!(◎_◎;

#73 旅の恥はかき捨て

こんにちはマキノです。

COVID-19(新型コロナウィルス)の予防接種がすすんだ影響でしょうか、新規感染者の数がかなり減ってきました。

時短要請などが出されていた接客業の方は、少しホッとされているのではないでしょうか。

ただ、緊急事態宣言下でも、夏に大規模なライブが開催されるなどして、人々の考え方や行動の多様性には驚かせられました。

ただ、ここで興味深いことも見つかったので、今回はそれについてのコラムです。

「興味深いこと」とは・・・

多くの人は、自分が属するコミュニティ外の他人にはこれっぽっちも気を遣わず、コミュニティ内の人には異常ともいえるくらい気を遣うということです。

【目次】

3.旅の恥はかき捨て
4.あとは野となれ山となれ
5.みんなで痛みに耐えようぜ
6.アジアのガラパゴス島「日本」

★3.旅の恥はかき捨て

こんな言葉は、海外ではほとんどというか、まず聞かないと思います。

先にもお伝えしたように、私たちは、身近な人間やコミュニティの目を異常に気にすると同時に、それ以外の人やコミュニティ・地域等に対しては失礼に値するくらい非道徳です。

10年前の東北大震災の後も・・・

「大変な事態だ」
「かわいそう」
「今できること」

などを言いつつも、水を買占めに走ったりしてしまう日本人がいっぱいいました。

韓流好きが多く集まる新大久保でも、好きな店は汚しませんし、ゴミを店内に捨てるような人を見かければ、SNSで徹底的に叩きのめします。

しかし・・・

ゴミを店内に捨てる人をSNSで叩きのめした人が、その後テイクアウトした食べ物のゴミを路地裏に入った他人の家の前に平気で捨てたりするのです。

この2つの行動は、同じ人の行動です。

このようなことからも、自分にかかわりのある人や場所やお店での態度と、明らかに知らない他人や社会に対しては「旅の恥はかき捨て」的な態度でも平気でいられるのが現実だと感じざるを得ません。

★4.あとは野となれ山となれ

そして最後は・・・

「あとは野となれ山となれ」

と、まるで他人事のように自分の問題を放り出してしまう。

この諺はちょっと無責任のように聞こえます。

10年も前のことですが、東北の震災後、東京電力の問題は、国が「準国有化する」というわけがわからん政策を出すことによって、事実、救済しようとしたわけです。

コメンテーターとして

「以前、日本航空(JAL)だって会社更生法を適用されたんだし、東電だってそうすべきだ」

と指摘した学者の先生も数多くいました。

基本的に政策が行き当たりばったりですよね。

しかし、これは日本人が「場当たり的な問題解決方法」として昔からとってきた方法でもあるわけです。

なんとも複雑な思いがしますが、安倍元総理の森友学園/加計学園問題や桜を見る会問題も見事なくらい・・・

「あとは野となれ山となれ」

と、ケツをまくってしまいました。

そんな「シャンシャン手打ち状態」でも、フタを開けてみれば、選挙で安倍さんは当選し、自民党が圧倒的多数で勝つということなんですよね。

でも、これが「日本特有の矛盾を平和に解決する唯一の合理的思考法」かもです。

ではまた明日(^_-)-☆

#74 みんなで痛みに耐えようぜ

こんにちはマキノです。

前回までは、日本人の行動をよく使われる諺(ことわざ)にからめて解説しました。

今回は諺ではないのですが・・・

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

的な発想が日本人の根底にあるのでは、というお話しです。

小泉純一郎元総理のとき「郵政民営化」を推し進め、構造改革は痛みを伴うと国民に説明しました。

小泉元総理は、どうやら「痛みに耐える姿」がお好きなようです。

というのも、2001年大相撲5月場所、横綱・貴乃花が14日目の武双山戦で膝を亜脱臼するケガをして臨んだ千秋楽の優勝決定戦で見事に勝ち

「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」

と表彰式で叫び、国民の感動をより一層高めました。

それはそれで良いのですが、「構造改革は痛みを伴う」というのは「みんなで痛みに耐えようぜ」というように聞こえたのです。

結局「みんなで苦しみをガマンしよう」って伝えたかったと思います。

この場合の「痛み」「苦しみ」は金銭的なモノを指します。

だから言い換えると

「みんなで貧しくなろうぜ」

みたいな感じでしょうか。

保守系のおじいちゃん達ってだいたいそんな感じでしょう。

「昔はエアコンなんてなかった。だから冷房もそんなに使うべきじゃない!今の日本人は贅沢しすぎだ」

とか。

「家にテレビが4台もあり、自動車が3台あるのはおかしい」

とか(笑)。

だから小泉元総理の言葉が

「景気が苦しいときはみんなで我慢するんだ、赤信号だってみんなで渡れば怖くないぞ!」

と聞こえてきたのです。

こんな発言って、感動的に受け取れば受け取れないこともないでしょうけど・・・

当時の私は、こんな発言に「日本人の滑稽さ(こっけいさ)」を感じてしまい、しらけてしまったことを思い出します。

【目次】

5.みんなで痛みに耐えようぜ
6.アジアのガラパゴス島「日本」

★5.みんなで痛みに耐えようぜ

もしもあなたが「みんなで痛みに耐えようぜ」と誰かに言われたら、どのようなリアクションをしますか?

私なら「反論」というリアクションをします。

とはいえ、こういう意見って反論しづらい“空気感”がありますよね。

その“空気感”とは、以前、教師をしていたときに当時の校長から私が

「スーツを着ていない(ネクタイスタイル)」

と指摘されたときと同じ“空気感”です。

でも、その数年後、国会議員や世間がクールビズを叫んだらスーツを着る必要がなくなったんですよ。

周りと同じことを主張し、周りに反論しなければそれでよしとする“空気感”て、いまだにかなりはびこっていると感じるんですけど・・・

これも、ちょっと悲しい日本人の性(さが)だったりするかもです。

SNS上でもおそらくそのような“空気感”があって、それに反する人物は
忌み嫌われてしまう。

別に嫌う必要はないと思うんですよね、ただの個人の意見なんだから。

だから、その人の人格まで否定する必要はないし、してはいけないと思います。

中には

「自分は自分だって突き抜けてしまえばどうって事ないよ!」

って人もいます。

いますが、周囲の日本人を見回してみてください。

突き抜けられる人は滅多にいないでしょ。

だから、意見が違ったとしても黙ってそれに従っているわけです。

だからこそ、心の中だけでもいいから、まずは、多くの人が持つ日本人気質に「反骨心」を持ってみたらいかがでしょう。

確実に一歩前進すると思います。

では(^_-)-☆

#75 アジアのガラパゴス島・日本

こんにちはマキノです。

今週最後のコラムとなりました。

前回は「多くの人が持つ日本人気質に『反骨心』を持ってみたらいかがでしょう」という提案をさせていただきました。

でも、私のようなド昭和生まれの人間は、学校教育の中で「反骨心」を奪われ続けられたので、言葉にするより難しいかもしれません。

そうは思いつつも、やはりコラムですから「意見」「主張」は自分なりにさせてもらいますね。

ということで・・・

【目次】

6.アジアのガラパゴス島「日本」

★6.アジアのガラパゴス島「日本」

例えば、昔は小学校の運動会で、炎天下の中ずっと姿勢を正して30分も整列させられる・・・

そんな情景はよくありましたし、経験済みです。

でも

「そんな行為に何の意味があるのか?」

と突っかかれば、先生から鉄拳制裁をくらう訳ですよ。

ようは、子どもながらにおかしいと思いながらも、おかしいと言えない雰囲気があったわけです。

なにか問題が起きても誰もそれに対して声を挙げない。

これが問題の本質です。

私のような年齢の人間は、リアルに小学校の時からそんな(教育という名の)訓練を受けているわけです。

だから

「この問題が解決しなければ『連帯責任』として腕立て・腹筋20回ずつだ」

という意味不明の「みんなと一緒方式」で片づけられました。

で、誰もその理不尽な方法に文句を言わないので、各々心の中で

「オレは関係ないのに何でこんなことやらされなきゃならねーんだ!」

と怒るだけ。

結果として

「みんなで貧しくなる」ことも「みんなで痛みに耐える」ことも「みんなで我慢する」こともできちゃうようになるんだと思います、この国の人たちは。

ただ、少数の「我慢できない派」の人たちは

「これはさすがに有り得ない」

と思って、どんどんその場から逃げて行くわけです。

結果として

その場には「みんなとなら我慢できる派」の人だけが残ってしまう。

だから

「一時的に国民所得の水準が下がって相対的に貧しい生活になるでしょう」

と、政治家が平気でそれを口にできてしまうのでしょうね。

問題はこれだけではありません。

外交問題だって、日本人的な考えで考えているから受け入れられない。

日本が直面しているグローバル化とは・・・

アジアのガラパゴス島「日本」にとって、本当の意味で【変化】を強いられる試練なのかもしれません。

これが個人事業主に何の関係があるか?

実は、大ありです。

ある意味、海外では個人でもマーケティング戦略をどんどん研究し、次々と顧客を生み出しているにも関わらず

日本の個人事業業界では

「ガラパゴス化」

しているように思えてならないからです。

このままだと

コロナ禍からアフターコロナ期に、共倒れしていく個人事業主が大量に発生してしまうのではと懸念されています。

ということで、冗談に聞こえるかもですが、、、

「みんなで苦しみをガマンしよう」
「みんなで痛みに耐えよう」
「みんなで貧しくなろうぜ」

多くの個人事業主が本当にこう言っているように見えちゃうんです。

もちろん

実際にはそんなこと思っていないと思いますし、みなさん真剣に経営されていると思います。

だからこそ

常に「方法」ではなく「キッカケ・動機」作りのために、このコラムで意見を述べさせていただいています。

そんな風にご利用いただけると幸いです。

では(^_-)-☆

PAGE TOP